2009年政権交代後の医療政策と近未来の医療政策の枠組み・仕組み
二木 立(日本福祉大学)
1.日本の2009年の政権交代の位置づけ-英米の政権交代とは異質
○ 第二次大戦後初めての本格的な政権交代。
*しかし、「明治維新以来の真の維新」、「戦後改革以来の大改革」は過大評価。
*「保守政党から保守政党への政権交代」(中曽根康弘元首相。『公研』2009年12月号)。
& 菅新首相は「市民的保守の政治家」(同上。「朝日新聞」2010年6月17日朝刊)。
○ 民主党と自民党の路線と政策の違いは実は小さい & 両政党とも「寄り合い所帯」。
*「政治とカネ」でも両政党は同根:鳩山前首相、小沢前幹事長の政治資金スキャンダル。
*「脱官僚」・「政治主導」も民主党の専売特許ではない:小泉政権が先鞭。
& 小泉政権は「政治主導」で医療費・社会保障費を過度に抑制→医療荒廃を招いた。
2.民主党の2009年総選挙マニフェストの医療政策-実は自民党との差は小さかった
○ 総医療費と医師数の大幅増加の数値目標(OECD平均)を示したのは画期的だった。
*これはイギリス・ブレア政権が2000年に開始した医療改革の数値目標と同じ!
*ただし、財源は示されず:他の政策と同じく、予算の無駄の削減と埋蔵金頼み。
*実は、自民党も福田・麻生政権で「社会保障の機能強化」へ路線転換。
○ 医療保険制度改革:高齢者医療制度廃止と医療保険制度の一元的運用を公約。
*この点は自民党と一見大きく異なるが、老人保健法の復活は盛り込まず。
○ 医療提供制度改革:療養病床削減計画「凍結」以外は、自公政権の政策の多くを踏襲。
*自民党も総選挙マニフェストで、「療養病床再編成については、適切に措置する」。
○ 見落としてならないこと:民主党の医療政策は、他の政策と同じく2007年に大転換。
*結党時~小泉政権時代は、自民党以上に「構造改革」の徹底を主張。
& 医療政策も同じ:「市場原理をも活用しながら」抜本的な制度改革(1998年)。
2006年まで、医療費の伸びの抑制と病床数の大幅削減を主張。
*2007年参議院選挙で「国民の生活が第一」(反構造改革)に転換。
& 医療政策でも、医療費増加と医師数増加に転換。
*路線転換は小沢代表(当時)の鶴の一声で行われ、党内論議はほとんどされなかった。
3.民主党政権成立後1年間の医療政策-底の浅さと危うさが露呈
○ 高齢者医療制度廃止は早々と先送り(4年後に新制度に移行)。
& 医療保険制度の一元的運用、医療保険間の財政調整は棚上げ。
○ 医療費の大幅引き上げも断念→今任期中のOECD平均への引き上げは不可能に。
*これの主因は税収の落ち込みではなく、政権内での医療政策の優先順位の低さ。
*予算のムダの削減と埋蔵金頼みで医療・社会保障拡充の財源は捻出できない。
○ 2010年診療報酬改定の複眼的評価。
*医療費「全体」公称引き上げ率0.19%は偽装vs薬価「隠れ切り下げ」を含むと0.03%。
*「政治主導」で、医科・入院と外来に10倍の格差:3.03% vs 0.31%
*公的大病院だけでなく、民間中規模病院も急性期・回復期リハは相当引き上げ。
-「マニフェスト」(原案)に見られた、公的(大)病院偏重は大分薄まった。
4.菅政権の閣議決定「新成長戦略」と経済産業省「医療産業研究会報告書」
○ 「新成長戦略」の総論:行き過ぎた市場原理主義の反省→「強い経済」・「強い財政」
・「強い社会保障」の一体的実現 & 医療・介護・健康関連産業を成長牽引産業へ。
vs 医療・介護等は「経済の下支え」だが、「成長牽引産業」は過大評価。
○ 「新成長戦略」の各論≒「医療産業研究会報告書」。
*「ライフイノベーションにおける国家戦略プロジェクト:大半が「公的保険外」。
-保険外併用療養の範囲拡大(混合診療)、「国際医療交流」(医療ツーリズム)、
健康関連サービス産業。
*しかし、どのプロジェクトも、マクロ経済的には、経済成長効果はごく限定的。
5.近未来の医療政策の枠組みと仕組み
(1)今後の医療政策の行方-「客観的」将来予測
○ 民主党政権の行方自体が流動的:「政界は一寸先は闇」(故川島正次郎自民党副総裁)。
○ 現状のままでは、(公的)医療費抑制政策に再転換する危険もある。
○ 確実なこと:今後も医療(保険・提供)制度の「抜本改革」はなく「部分改革」が続く。
*日本の医療制度の根幹:国民皆保険制度と民間医療機関主体の医療提供制度。
*政権交代でも医療政策の根幹が変わらないことは、英米、主要先進国の「経験則」。
○ ただし、混合診療全面解禁論等、新自由主義的改革論はゾンビのように何度も復活する。
(2)あるべき医療政策の枠組みと仕組み-私の価値判断
○ 「必要にして十分な最適の医療」の提供&医療・健康の社会的格差の解消
○ 両者を実現するための5つの改善提案。
①社会保険料を主財源とする公的医療費拡大の財源確保。
②国民健康保険制度の改革:国庫補助率の引き上げ、保険料の応能負担化と低所得者の保険料の大幅減免、資格証明書交付の廃止。
③保険者間の財政調整の拡大。
④患者の自己負担割合の引き下げ→究極的には無料化。
⑤高額療養費制度の改善:現物給付の外来医療への拡大、特定疾病の対象拡大。
文献
○ 二木立「政権交代と民主党の医療政策」『日本医事新報』No.4480:105-109, 2010.3.6.
○ 二木立「『新成長戦略』と『医療産業研究会報告書』を読む」『日本医事新報 No.4504:89-92,2010.8.21.
○ 二木立「医療・健康の社会格差と医療政策の役割」『文化連情報』 No.390:14-21.2010.9.1.