特定課題セッションV :障害をもつ子どものケアと家族役割  一瀬 早百合

障害のある乳幼児をもつ母親の変容プロセス
 -早期の段階における4つのストーリー-

○ 洗足こども短期大学  一瀬 早百合 (会員番号5477)
キーワード: 《障害を持つ乳幼児》 《母親》 《変容プロセス》

1.研 究 目 的

地域療育システムが国レベルで整備されて、20年余り経過した。地域療育システムが整備されてきた背景には 「早期発見・早期療育」が望ましいものであるという認識があったと思われる。しかし、「早期発見・早期療育」の 子どもを対象とした発達研究は蓄積されているものの、親にとって「早期発見・早期療育」がもつ意味を解明した実 証的研究は、散見される程度である。先行研究をレビューしてみる限り、乳児期に発見される障害群の親に関する研 究が少ないことは明らかである。親の経験を扱っている研究も、内的な心理過程に着目したものが中心であって、子 どもの年齢や障害種別を含めて対象とした考察は極めて不十分である。確かに、社会学において障害児家族の「ケア の分有化」や親子の「無色な関係性」などの研究が行われているが、それらの研究と社会福祉学、心理学のミクロ的 研究との間に融合はみられない。
 本研究は、それらの課題を乗り越える端緒として、乳児期に発見される障害に限定し、早期の段階に特定した母親 の変容プロセスとそれに関与する要因を明らかにすることを目的とする。

2.研究の視点および方法

研究方法としては、わが子が障害であるという経験をした母親の感情や認識、他者との相互作用に焦点をあて、 それらがどのように変容してゆくかというプロセスを解明するため、質的研究法と客観的に観察可能な行動評価と いう二つの方法を採用した。
 対象者は、23事例である。本調査の障害群は、乳児期に発見される障害群の全てを網羅し、おおむね4つに類型 できた。ひとつは、出生直後に発見されるダウン症が8例、ふたつは、運動発達が早期に認められる原因不詳である 精神運動発達遅滞群(自閉症を合併する群)が4例、三番目は、ケースによっては医療ケアを伴う重症心身障害児が 6名、四番目は、脳性麻痺群(知的障害はないかあっても軽度群)4例である。1例は、筋ジストロフィー症である 。子どもの年齢は8カ月から2歳2カ月である。母親は、有職者が2名で21名は専業主婦であり、年齢は23歳か ら43歳であった。
 データの特徴としては、以下の4点に配慮した。①回顧的データの限界を乗り越えるために、リアルタイムのデータ を加える、②主観的な語りというデータに行動や他者との関係のあり様といった客観的に観察可能なデータを組み合 わせる、③「より自然状況下に近いデータ」、「特別なニーズをもたないデータ」を意識して、あるキャッチメント エリアにおいて出生した障害乳児の全数を対象とする、④凝集性の高いグループワークにおける発言と、個別のフォ ローアップ面接との語りを組み合わせ、という4点が挙げられる。

3.倫理的配慮

日本女子大学大学院北西研究室よりA市B療育センターあてに研究協力機関としての依頼を書面にて行い、A市 B療育センターの倫理委員会の機能を持つ運営会議にて正式な承認を得た。その後、対象者には研究の目的と個人 情報の守秘性等を説明し、公表について書面にて承諾を得、倫理的配慮を期している。

4.研 究 結 果

中核カテゴリーは、自己像や自己概念などという自己そのものと、自己と他者との関係というふたつを包含して 、≪自己のポジショニング≫とした。
障害のある子ども、もしくはその疑いのある子どもの出現は、母親に≪自己のポジショニング≫を否がおうなく、 迫るできごとである。母親の≪自己のポジショニング≫とは、これまで漠然ともっていた自己のイメージと、他者 との関係の中で自分自身をどのように位置づけるかという、自己と関係の双方に揺らぎをもたらす物語である。こ れまでの「障害のこどもをもつ親の障害受容論」で言われてきた「価値の転換」などという次元ではなく、自己その ものの変革を迫られる出来事である。自己と関係を変容させてゆくプロセスは、「子どもの障害特性にまつわる事象 」と「他者との関係」という2つの要因に強く関与されてゆく。
 「子どもに障害特性にまつわる事象」には、障害特性そのものが規定する【医師の告知や説明の内容】、【こども の病の特性】、【わが子を障害と認識する時期】の3つが抽出された。「他者との関係」の他者には、<わが子>、 <夫・原家族>、<友人、近隣>、<障害児の母親>といった、いくつかのディメンションがある。母親は、「他者 との関係」において、【懐疑】、【傷つき】、【受容―拒否】、【安心】、【断絶】、【共有】、【違和感】、【分 かち合い】、【居場所】という意味づけを行いながら、≪自己のポジショニング≫を変化させてゆく。
 ≪自己のポジショニング≫の変容プロセスには、「子どもの障害特性にまつわる事象」と「他者との関係」の組み 合わせの違いによって、4つの異なるパターンが見出された。4つのパターン、どれも≪自己のポジショニング≫の 揺らぎであるが、異なる4つの様相があり、『再生』、『逃避』、『獲得』、『境界』であった。この4つは、まず 、大きくふたつのストーリーに分かれる。そのふたつの違いは、母親にとって<自己全体の崩れ>という『自己全体 との対峙』が中心か、<わが子を守る>という『母親という部分の自己の揺らぎ』が中心のテーマになるかであった。

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