ソーシャルワーカーの「ジレンマ」
-その次にくるものの模索-
○ 医療法人社団充会 介護老人保健施設 太郎 本多 勇 (会員番号3472)
東洋大学 後藤 広史 (会員番号5737)
国立のぞみの園 木下 大生 (会員番号6036)
(福)花工房福祉会 内田 宏明 (会員番号4962)
キーワード: 《ジレンマ》 《社会福祉士》 《リカレント教育》
ソーシャルワーク実践においては、「社会福祉士(ソーシャルワーカー)の倫理綱領」等に明記されている倫理に
従って実践することを求められている。しかしながら、実際の支援の現場においては、その倫理綱領に従うべきか、
あるいは、自分自身の倫理を優先させるべきか、という「倫理的ジレンマ」が生じる。例えば、倫理綱領においては、
施設や組織の他職種メンバーにたいしてもわれわれ社会福祉士(ソーシャルワーカー)の倫理綱領を遵守してもらう
よう働きかけるようにすることも掲げられているが、実際の現場でそのことが遵守できているワーカーはほとんどい
ないであろう。加えて、現実の実践(しごと)においては、「倫理上」の問題だけではない「ジレンマ」(=AとB
の板挟み状態)で仕事が行き詰まることがあるということもある。
利用者、家族、援助者(ソーシャルワーカー)、他職種、所属機関等の意向がすべて合致していれば、「(倫理的)
ジレンマ」が生じることはないが、そういう場合はきわめて稀である。とすれば、ソーシャルワーカーが「ジレンマ」
を感じることは、極めて当たり前のことである、という共通理解ができる。われわれは、議論のなかで次のような
「7つのジレンマ」を試論的に提示した。
【ソーシャルワーカーの7つのジレンマ】 |
これらのジレンマの間で、ソーシャルワーカーは「マージナルマン(marginal man)」のような立ち位置をとって仕事をしていると思われる。
本研究の目的の第一は、ソーシャルワーカーが感じるジレンマをこのように理解・整理したうえで、ソーシャル
ワーカーが感じるジレンマを素材にした専門職研修のあり方を模索することである。第二は、それを受講しジレンマ
について理解を深めたソーシャルワーカー自身が、専門職としての自己のジレンマ対処のスキルを深め、成長することについて検討することである。
上述した認識をもとに、「ジレンマ」とその対処をテーマにした専門職研修を実施した。対象は、高齢者施設の 生活相談員および若手の社会福祉士であった。
3.倫理的配慮研修等において事例を用いて実践報告を行う際は、イニシャルを用いる等個人が特定できないよう配慮した。
4.研 究 結 果研修結果「ジレンマ」があることが当たり前のことであることを理解し、そしてその「ジレンマ」を語ること (共感的に聴くこと)で、実践における「悩み」を構造化し、俯瞰的に対処方法を検討することができた。この ことはソーシャルワーク専門職のリカレント教育(職員研修)において一定の有効性があることを示唆している。
領域 | 課題(ソーシャルワーカー自身が困っていること、ジレンマを感じていること) |
利用者・家族支援 | 本人と家族の意見の違い、リスクマネジメント、クレーマー対応、相続問題、 虐待対応・緊急対応、認知症ケア、重度化、医療問題・病院との関係 等 |
組織内の課題 | 業務分担、情報共有、「生活(支援)相談員って何なの??」、チームアプローチの問題、介護職-医療職の関係、職員のエンパワメント、マナーアップ (言葉遣い)、課題の多い利用者への援助スキル・向上、逝去後の対応、実習生対応、稼働率の維持 等 |
自分自身のこと | 自己覚知、業務の方法の改善 ほか |
施設ソーシャルワーカーが抱えている課題は多岐にわたっている。これらのことを具体的(事例的)に提示し、
研修参加者間で、共感的に意見を述べたり、それぞれの実践における経験からサジェスチョンやアドバイスしたり
、議論し、俯瞰的・構造的に理解を試みた。そうすることで、参加者それぞれが感じている「ジレンマ」は、自分
自身に問題があることが原因ではないことを再確認し、さらに実践現場での構造的な課題が見いだされることが多
かった。また、実践における「ジレンマ」を構造的に把握することで、ソーシャルワーカー自身の立ち位置や支援
の視点も明らかになることがわかった。
本研究で明らかになった課題は次のようなものである。
第一に、ソーシャルワーカー自身が実践やジレンマ体験の経験知を積んでいく成長過程において、ジレンマの構造
が変化し、対処するスキルも成長する。初任者と中級者、ベテランそれぞれ経験の違いにより、感じそして対処する
「ジレンマ」の質が異なるのではないか。
第二に、いわばミクロ(個人)レベルの実践(仕事の仕方)に焦点を絞る意味で「ジレンマ」を整理することは
有効性があったように思われる。行き詰まることの多い実践において、施設や機関等組織とソーシャルワーカー自身
の関係性や、ソーシャルワーカーが所属する組織におけるチームワークについて、さらに掘り下げて議論し、組織の
構造を変化させていくことが、ソーシャルワーカーに求められているのではないか。言い換えるならば、メゾ(組織)
レベルの実践について議論を深める必要がある。そしてその先には、社会(マクロレベル)をよりよい方向に変化
させるためのソーシャルアクションが求められている。
これらのことを、実践のなかからわれわれ自身の言葉で記述し、さらに客観的・理論的に精査・議論することが求められている。
本多・木下・後藤・國分・野村・内田共著『ソーシャルワーカーのジレンマ -6人の社会福祉士の実践から-』(筒井書房、2009)