倫理的ジレンマのソーシャルワーカーに与える影響
-地域活動支援センターの精神保健福祉士に着目して-
○ 三国丘病院 東 照己 (会員番号7205)
キーワード: 《地域活動支援センター》 《PSW》 《倫理的ジレンマ》
本研究の目的は、地域活動支援センターを実践の場とする精神保健福祉士(以下、PSW)が遭遇する倫理的ジレンマ という体験が、その後のPSWと、その実践に与える影響をソーシャルワーカーの視点から明らかにすることである。
2.研究の視点および方法本研究は、倫理的ジレンマとの遭遇という経験プロセスが、その後の地域活動支援センターのPSWに及ぼす影響を、質的研究によって明確化を図るものである。研究に当たっては、倫理的ジレンマを次の3つの視点で捉えることとした。第1にPSWの活動を様々な人との相互作用のなかでの行為としてみていく視点、第2に倫理的ジレンマの発生プロセスを、前述した相互作用との関係性において把握する視点、第3に倫理的ジレンマの発生や解決が、PSWに与えている影響を見ていく視点である。
本研究の対象は、大阪府A市にある地域活動支援センターに勤務するPSWである。大阪府A市には6箇所の地域活動支援センターがあり、それぞれの地域活動支援センターのPSWに、個別に本研究の趣旨を文書でもって説明し、調査協力の同意を得たPSWを調査協力者とした。その結果、13名のインタビュー調査の調査協力者を得た。13名のPSWとしての経験年数の平均は約8年である。13人のうち経験年数の最長は29年、最短は入職後1ヶ月である。男性が5名、女性が8名である。社会福祉士も有しているものが1名で、12名が大学卒である。
データは、次の4種類のデータを収集した。①調査協力者に対する質的インタビュー、②倫理的ジレンマに関する調査協力者の執筆物③提供可能な調査協力者の遭遇した倫理的ジレンマに関する事例、④電話など質的インタビューの場以外での調査協力者と調査者との会話、調査者が気づき感じたことなどを記したフィールドノートである。最も活用したのは、①の半構造化面接による質的インタビューである。データの収集は、2008年6月から7月にかけて実施した。面接時間は合計624分32秒で平均48分02秒だった。
インタビュー開始に当たっては、今回の調査で使用する倫理的ジレンマの定義として、「2つ以上の重要な価値の対立がある場合」(副田2002)を示した。インタビューガイドは、次の6点を用意したが、実際には会話の文脈を重視して行なった。①地域活動センターでの経験年数、②地域活動支援センターでの業務の内容、③地域活動支援センターの役割や機能をどのようにとらえているのか、④実践で遭遇した価値観の葛藤を感じたときの経験や出来事、⑤それは、どういった価値観と、どういった価値観との間での葛藤だったのか、⑥こうした価値観の葛藤という体験の、その後の仕事のあり方への影響、である。
本研究では、シンボリック相互作用論に依拠しながら、グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下、GTA)の手続きに基づいてデータの収集・分析を行い、概念を生成し、分析結果であるグラウンデッド・セオリーを示し、倫理的ジレンマによるPSWへの影響を明らかにしようと試みた。
その際、本研究の研究特性からGTAによる手法のうち、修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下、M-GTA)による分析を採用した。木下によれば、M-GTAが適している研究の要件は、第1に人と人とが直接的にやり取りをする社会相互作用に関わる研究であることが基礎的要素としてあり、第2に領域ではヒューマンサービスの領域が適し、第3に研究対象とする現象がプロセス的要素を持っていることがその要件である(木下 2003)。本研究の特性が、この要件を満たしていることから、分析方法には、M-GTAを採った。
本研究の実施に当たっては、幾つかの倫理的配慮を行なった。調査に当たっては、インタビュー調査に入る前に説明文書を提示しながら説明し、調査対象予定者が、これに同意する場合は同意書にサインし契約手続きが終了した。収集されたデータは、テープから起こし逐語録として保存したが、この生データの段階から、調査協力者の名前は使用せず記号化した。なお、データは、研究終了後に速やかに復元不可能な状態にして破棄した。
4.研 究 結 果本研究は、M-GTAを用いて、地域活動支援センターに所属するPSWが遭遇する倫理的ジレンマという体験の、その後のPSWと、その実践に与える影響のグランデッド・セオリーを生成した。その結果、確定したカテゴリーは7、サブカテゴリーは18、概念は34であった。以下、サブカテゴリーは[]で、カテゴリーは【】で示した。なお、確定したカテゴリーは、【異なる価値との遭遇】【違っていて当たり前】【苛立ち疲弊する】【限界を知りそこから始める】【価値への着目】【価値を取り込む】【PSWとしてのステップアップ】の7つである。本研究の結果図とストーリーラインは次である。
(ストーリーライン)
地域活動支援センターのPSWが【異なる価値と遭遇】した場合、差異を認め【違っていて当たり前】とする場合と、容認できず【苛立ち疲弊する】場合とがある。【違っていて当たり前】という認識の焦点が、相手に向けられると差異は[尺度は色々]と捉えられ、自身に向けられると【自己覚知は大事】という認識になる。自己覚知の方向は、知識や技術に着目されると[限界を知りそこから始める]とPSWのスキルアップのきっかけとなり、結果として【PSWとしてのステップアップ】につながる。一方で、【価値への着目】は[自分の価値観への気づき]として現れる。【価値への着目】である[自分の価値観への気づき]と[尺度は色々]は相補的であり、【価値への着目】は、PSWが他者の【価値を取り込む】ことで統合化される。PSWが【価値を取り込む】ことは、PSWに[視野の拡大][幅が広がる][答えが急がない]といった変化をもたらし【PSWとしてのステップアップ】を導く。
本研究により、倫理的ジレンマはPSWの成長を促す契機となる要素も含んでいるという、倫理的ジレンマ体験の積極的意味合いが明らかとなったといえる。その一方で、異なる価値を容認できないことで生じる疲弊体験を深刻化させないためには、スーパービジョンを含めた周囲のサポート体制の構築が必要である。さらに、本研究で明らかになったように、PSWの持つ知識や技術と他者の価値との接点は、自らの持つ価値である。このことは知識・技術に着目したスーパービジョンと異なる、価値に着目したスーパービジョンの重要性を示唆していると考える。
なお、本研究の実施にあたっては、妥当性の確保に必要とされる手続きを踏んだ。しかし、より論理的密度を上げ、結果の精緻化を図るためには、今後も継続研究が必要だと考える。
(文献)1)副田あけみ(2002)「ソーシャルワークの視点・目標・価値・倫理」『ソーシャルワーク実践の基礎理論』有斐閣,52
2)木下康仁(2003)「グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践」弘文堂,89-90