社会福祉における専門職ネットワーク研究の現状と課題
-ホームレス問題の実践的研究を通じて専門職ネットワーク
のあり方を考える-
○ 四天王寺大学 逢坂 隆子 (会員番号5395)
大阪府立大学人間社会学部 黒田 研二 (会員番号2797)
キーワード: 《ホームレス》 《野宿生活者》 《日雇い労働者》
近年、世界的経済不況を契機として、大阪をはじめとする大都市では、仕事を失い住む家を失って、河川敷や道路など で野宿生活を送るホームレスの姿を目にしない日はないほどである。ホームレスは社会的排除と社会的孤立、貧困と格差、 心身のストレス・健康破綻を重層的・集中的に抱え込んだ状況にいる人びとである。彼らの抱える問題を明らかにし、 問題解決への方策を探るためには、必然的に経済・労働・社会福祉・住宅・法律・保健医療など多分野の専門職ネットワーク の構築がかかせない。大阪におけるホームレス問題の実践的研究を通じてみえてきた専門職ネットワークの現状と課題に ついて報告し、専門職ネットワークのあり方について考えてみたい。
2.研究の視点および方法ホームレスが抱える重層的・集中的問題を明らかにし、解決方策を探るために、大阪において我われが続けてきた 実践的研究のうち、①大阪ホームレス健康問題研究会継続 ②大阪市におけるホームレスの死亡調査 ③大阪市高齢者 特別就労事業従事者の実態調査(厚生労働科学研究・研究費補助金政策科学推進研究事業「ホームレス者の医療ニーズ と医療保障システムのあり方に関する研究」〔平成15年~17年・主任研究者黒田研二〕 ④日本学術振興会科学 研究費補助金「ホームレス者の健康・生活実態解明と自立支援方策に関する研究」〔平成16~18年・研究代表者 逢坂隆子〕⑤NPOヘルスサポート大阪設立を中心に報告し、その経過の中で構築しえた専門職ネットワークの現状 と課題について考察する。
3.倫理的配慮ホームレスを対象とする調査については、疫学倫理指針および日本社会福祉学会倫理指針にのっとり、研究実施 前に所属大学の研究倫理委員会の審査をうけている。
4.研 究 結 果① 大阪ホームレス健康問題研究会の継続的開催 黒田・逢坂が発起人となり、「大阪ホームレス健康問題 研究会発足趣意書」を作成し、関係者を回り、参加を呼びかけ、平成13年12月11日に第1回研究会を開催する (参加者数6名)。その後、1~2ケ月に1回定期的に開催するうちに次第に参加者数が増加してきている。参加者 は社会福祉・社会医学〔公衆衛生〕・経済・労働問題・介護福祉・保健看護分野の研究者・教員、医師・看護師・保 健師・社会福祉士・精神保健福祉士・介護福祉士・ホームへルパー、ホームレス支援団体や施設の職員、学生・院生、 行政職員、ホームレス支援ボランティアなどである。
② 大阪市におけるホームレスの死亡調査 調査実施期間は平成13年11月~14年6月である。大阪府監察 医事務所と協働で平成12年に大阪市で発生したホームレスの変死の全数調査をおこなった。ホームレス者の死亡時 平均年齢は56.2歳と若く、肺炎や餓死・凍死をはじめ総じて予防可能と思われる死因によるものであり、必要な 医療の提供が不備であるだけでなく、生命を維持するに必要な最低限度の食や住さえ保障されない中での死亡である ことを明らかにした。
我われが実施した死亡調査はミイラ化・高度腐敗・白骨化も含み、「犬や猫でもこのような死に方はすまい」と 思わせるようなすさまじいものであり、多くの人びとの関心呼び起こした。「死」は氷山の一角であり、その下には 同じような状況で今にも死にそうなホームレスが多数いることを示す。研究会に集まっている研究者らが相談し、 大阪でホームレスが最も集中している西成区あいりん地区(釜ケ崎)で③に示すような実践的研究を行なうことに なった。
③ 大阪市高齢者特別就労事業従事者の実態調査 西成区釜ケ崎は日雇い労働者の町である。経済不況の なか、50歳を越えると先ず日雇い仕事にありつけず、野宿を余儀なくされている。大阪市高齢者特別就労事業は このようなホームレスのうち、55歳以上の者を対象とする公的就労事業(公園・道路の清掃)である。
内容は、聞き取り調査〔問診〕・胸部X線検査・血圧測定・血液検査・身長体重測定と検診結果を基にした健康相談 継続である。平成15年度特別就労事業登録者数が2893人であり、研究費は検診業者への支払いにほとんど消えた ため、調査実施時やその後の相談は専門職も含め全てボランテイアであった。しかし、3年間継続するうちにさらに 参加者の輪が増え、たとえば、調査実施時は毎日30人をこえるボランティアの協力を得ている〔夏季休暇期間に調査 を実施〕。大阪市保健所、大阪市立更生相談所、NPO釜ケ崎支援機構、大阪社会医療センター付属病院、ホームレス入院 を受け入れてくれる結核病院、釜ケ崎内で活動している支援団体・ボランティアなどとの連携が強化された。
④ ホームレス者の健康・生活実態解明と自立支援方策に関する研究 大阪駅前、中ノ島公園(大阪城公園 や扇町公園なども含めて)、淀川河川敷に居住するホームレスを対象に、おにぎりを用意して「なんでも相談会」を 実施し、同時に聞き取り調査・CR車による結核検診・血圧測定をした。専門職(いままでの参加者に加えて弁護士・ 司法書士・社会保険労務士・自立支援センター職員など)や居住支援団体、衣類や寝袋を配るボランティアグループ、 巡回相談員、主婦(おにぎりつくり)や学生・院生・多分野の研究者が総数250人以上参加した。研究調査結果の検討 ・報告会開催などを通じてさらにネットワークの輪がひろがり、強まる。
⑤ NPOヘルスサポート大阪(逢坂・黒田が常任理事)設立 釜ケ崎にNPOの事務所をおき、継続的に実践 研究を行なう拠点としている。大阪市からの委託事業を行なう他、医学、看護、公衆衛生、社会福祉領域の専門職や 学生・院生の釜ケ崎での実習やフィールド見学、講師派遣などを実施している。
5.おわりに
以上のような実践的研究の継続により、ホームレス支援活動やその基礎となる研究には、専門職ネットワークが 不可欠であることが明らかになった。さらに専門職間のネットワークが強化され、ホームレスの多様なニーズへの対応 が日常的にもより容易になっている。