社会福祉における専門職ネットワーク概念の背景と理論的課題
○ 関西学院大学 松岡 克尚 (会員番号1808)
キーワード: 《専門職ネットワーク》 《ネットワーク概念》 《反省的学問》
本報告の目的は、社会福祉実践領域におけるネットワークの理論的研究の到達点と課題を探ることにある.特に、
多義的なネットワーク概念の分類化を理論的研究の到達点として言及してみる.併せて、連携やチームワークなどの
近接概念との関連についての言説についても取り上げる.
同時に、社会福祉領域におけるネットワークへの志向性が、社会福祉領域の潮流とは無関係に生じたものではないと
いう視点から、如何なる潮流と関連してネットワーク概念およびその近接諸概念が発生、ないし強化されてきたと考
えられるかについての検討も試みる.その関連で、「専門職ネットワーク」は如何なる潮流の影響を受けてきたのか
について考察してみたい.この作業によって、専門職ネットワークを対象とする研究にあって、なにゆえにそれを研
究対象にしなければならないかという研究動機、ないし研究者の姿勢をより客観視していく「メタ研究」を行う上で
有意義な知見を得ることができると考えたい.
最後に、今後において果たされるべき「専門職ネットワーク」の理論的課題を検討してみたい.
1990年代以降、新自由主義的なコスト・効率を重視する姿勢とポストモダンに親和的な「反省的学問理論」(三島 2007) という、相反する二つの潮流が社会福祉・ソーシャルワークの在り方に大きな影響を与えてきた.元来、日本では1980年代 に英国バークレー報告の影響もあって特に地域福祉分野で注目されるようになったネットワーク概念であるが、その隆盛を 考える上で上記の二つの潮流からの影響を無視することはできないと考える.本報告では、コスト・効率志向性と反省的学問 理論という視点でもって、それらとネットワーク概念の関連について理論的に分析を試みる.
3.倫理的配慮本報告は理論的研究であるが、日本社会福祉学会の研究倫理指針に沿って実施した.
4.研 究 結 果従来、社会福祉領域ではネットワーク概念の中身を問うことなく議論の遡上に乗せることがあり、そのために「ネットワーク
概念における哲学的ゾンビ」状態を到来させるという事態を招いてきた.ここに、ネットワーク概念の「交通整理」が求められる
理由があった.この問題意識から報告者は、ソーシャルワーカーが業務遂行の必要性から構築、維持するネットワークを「職種間
ネットワーク」と位置づけ、その理論的な位置づけを示すと同時に、他のネットワーク概念(サービス利用者のネットワーク、
社会福祉サービス提供組織のネットワーク)との区別化を試みた(松岡 1998、2003).また、松岡千代は近接概念である連携、
チームワークと専門職ネットワークとの関連性について言及し、専門職ネットワークがまず土台にあって、その上に連携やチーム
ワークが展開されるという図式を描き出した(松岡 2000).これらの研究によって、ソーシャルワーカーが有する専門職ネット
ワークという概念単位が抽出され、近接概念との関係についても一定の整理が果たされたといえる.
さて、前述した1990年代以降の二大潮流との関連で各ネットワーク概念をみた場合、「サービス利用者のネットワーク」において
は、ソーシャルサポートネットワークが示すように専門職主導への懐疑的姿勢が見いだせる一方で、「安上がり福祉」批判に見ら
れるように表面的にはコスト・効率性志向の装いを認めることができる.しかし、実際のところサービス利用者のネットワークを
支援することは決して効率的、コスト削減とはいえず、「サービス利用者のネットワーク」概念は反省的学問の潮流の中に位置づ
けられよう.実際に、ソーシャルサポートネットワークは、ストレングス志向、エンパワメント概念に親和的である.これに対し
て、「専門職ネットワーク」と「社会福祉サービス提供組織のネットワーク」では、単独職種・組織では困難な課題に対してネット
ワークを介することでより効果的、効率的なパフォーマンスを果たそうとする思考が支配的であり、効率・コスト志向的であると
いえる.以上の分析が的を射ているのであれば、同じネットワークを扱いながらも「誰のネットワークを対象にするのか」によって
根底に相違が見いだせるのであり、それは「ネットワーク研究を研究する」という意味での「メタ研究」において重要な知見を導出
してくれるだろう.
最後に、今日においてネットワーク研究が理論的、実証の両面でその研究は停滞している観がある.その理由についてはさらに
検討が必要であるが、ここでは「専門職ネットワーク」に限定して理論的な課題に言及しておきたい.すなわち、①ネットワーク
構築・維持というダイナミックな側面をいかにして理論に取り込んでいくのか、②ネットワークを肯定的に見がちであるが、ダーク
ネットワーク(B.Milward)という否定的側面を概念に組み込んでいくのか、③ネットワーク構築にはサイズ的な臨界点があるという
仮説を実証し、理論に反映させること、④ネットワーク構築・維持のスキルアップを計るために、スキルの内容を明確にしていく
こと、などである.いずれともに、実証研究、実践との橋渡しが不可欠であることは確かである.
松岡克尚、1998、「社会福祉実践における『ネットワーク』に関する一考察」『社会福祉実践理論研究』
7、13-22.
松岡克尚、2003、「ネットワーク概念の検討に基づくソーシャルワークの再構築に関する研究」関西学院
大学大学院社会学研究科博士学位論文.
松岡千代、2000、「ヘルスケア領域における専門職間連携」『社会福祉学』40-2: 17-28.
三島亜紀子、2007、『社会福祉学の〈科学性〉』勁草書房.