特定課題セッションI :社会福祉の『境界線』を問い直す  直島 克樹

社会福祉における「境界線」の相互浸透と相補性に関する考察
 -社会福祉内発的発展論の再考から-

○ 川崎医療福祉大学  直島 克樹 (会員番号6815)
キーワード: 《社会福祉内発的発展論》 《相互浸透》 《相補性》

1.研 究 目 的

社会福祉の関心が政策・制度的側面にあろうが、実践的側面にあろうが、人、社会、あるいは環境などといった 関係性に着目しない議論などない。そして、そういった関係性を検討することは、「境界線」への関心を喚起する ものである。重要なことは、社会福祉がどういった関係論を有すかにより、社会福祉の境界性認識を導かねばなら ないことであろう。
 その社会福祉のもつ関係論の一つの特徴は、関係性の相互浸透にある。例えば、自立(自律)と依存という境界線 を考えるならば、社会福祉では、給付やサービスを利用しながら、自己実現を図っていく依存を認めた自立(自律) を考える。つまり、相互浸透している関係が、互いを排除しあうのではなく、相補的関係を形成し、新たな状態を 形成していくのである。それは、社会福祉の普遍化と特殊化(専門化)にも当てはまる視点である。この二項対立性 を見直していく点に、社会福祉の一つの論理があると考えねばならない。
 これまでの社会福祉は、いわゆる政治や経済といったものの二次的な存在と考えられていた。この側面としての 社会福祉は、常に外側から自らの境界線を規定され、受動的な立場にあるしかなくなってしまう。しかしながら、 社会福祉というのは、本来、近代社会が形成される中で、人間一人ひとりの生活を守り、時には再構成することを 促し、個々の権利を守っていきながら、より豊かな生活を保障していく社会における制度、そして実践である。 社会福祉は、関係性の相互浸透という論理と、自らの人間観、そして科学観の力動から、政治、経済、さらには 文化に対して影響を与え、境界線を主体的に作り上げていくことが現在求められていると考えねばならない。
 本研究では、こういった境界線に対する社会福祉の積極的側面に着目していきたい。そのため、第一に、先行 研究として社会福祉の変革を理論化した、高田眞治による社会福祉内発的発展論の意義を明らかにする。第二に、 社会福祉における人間観や科学観から、相互浸透性の視点に着目し、そこでの原理を確認する。そして、第三に、 その原理から社会福祉における境界線を考えつつ、そこからみえる社会福祉の特徴について考察し、それが新たな 理論的展開の契機となるかどうかを検討していきたい。

2.研究の視点および方法

本研究では分析に際し、文献研究の方法を用いる。特に、ここでは社会福祉内発的発展論に着目している。その 理論的試みは、社会福祉の変革と同時に、社会福祉による変革の洞察形式である。外在的に構築された境界線に従う だけの社会福祉ではなく、自らその境界線を変革していくことこそが求められる。この原理的側面からの洞察形式の 検討は、今後の社会福祉を考える上で必要不可欠な課題であろう。 

3.倫理的配慮

文献研究に関し、先行業績としての他説と自説との峻別を明確にするよう注意を払った。

4.研 究 結 果

高田眞治は、岡村重夫の関係性理解を継承しながら、内発的発展論に着目することにより、社会福祉における 新たな関係論を模索していた。内発的発展論とは、西欧を中心とした近代化の反省から、経済成長を中心とした 考え方を、人間そのものの成長,人権の確立を目指すことを中心とした考え方へと転換させるものである。その 着眼点としての対象は地域にあり、近年地域福祉に関する取り組みにおいても、課題と考えられている。その内発的 発展を社会福祉に位置づけた高田の議論の一つの特徴は、社会福祉の中に外在化されていた側面を包み込み、形式 論理を超えた自省的な関係論を検討している点にみられる。
 その焦点となる原理こそ、自己組織性の原理であり、そこから社会福祉の内発性を捉えようとしたのである。高田 は自己組織性について深く検討していないが、その原理は、機能的関係性のみならず、意味論的・情報論的観点を 視野に入れることが前提にある。そのため、認識レベルでの境界線に対する相互浸透性を捉え、境界線という一つの 構造を、積極的に創りかえることのできる能動的な側面を考えるきっかけをもたらすものである。それを、近代科学 を超えた社会福祉学の取り組みとして考えることが必要である。
 また、近代社会との関連から、政治的側面においても経済的側面においても「強い個人」が求められている。前者 では啓蒙思想に代表される近代的市民像であり、後者においては自己利益を追求する個人像である。例えば、一般的 な自立(自律)と依存に対する境界線は、この視点から構築されていると考えて間違いではない。しかしながら、 その積極的な意味は認めつつも、「弱さ」を兼ね備えてこそ人間である。そもそも人間をある一定のタイプに収斂する と考えること自体が強引なのであり、その置かれたる状況によって、様々な強さや弱さの側面が入り混じる存在として 捉えていかねばならない。この論理をもつとき、自立(自律)と依存の境界線は相対化され、相互浸透した相補的関係 性の契機となり、積極的に変革していくことが理論的に可能となる。社会福祉は、人間観が流動し、入り混じるという 視点をもつことによって、境界線を固定化させることなく、より一人ひとりの人間にとって望ましい方向性へ変革して いく役割を担うことになるのである。
 その社会福祉とは、いったん引かれた境界線を相対化し、その浸透から相補性を誘発することによって変革と創造を 達成する側面をもつ。制度や実践とは、境界線の浸透性を認識しつつ、それを具現化していくために実際に機能する ものと捉えられることになる。この関係性の相互浸透に基づいた変革の論理は、社会福祉の理論研究としてあまり検討 されておらず、今後の社会福祉の新たな理論的展開の一つの契機となる可能性がある。

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