特定課題セッションI :社会福祉の『境界線』を問い直す  木村 敦

社会政策と社会福祉の境界域
 -労働運動の活性化のために社会福祉実践が果たすべき役割との関連で-

○ 大阪産業大学  木村 敦 (会員番号2589)
キーワード: 《補充・代替性》 《労働・生活問題》 《労働運動》

1.研 究 目 的

社会福祉の内容が多様化する中で、社会福祉実践・ソーシャルワークは混迷を深めている。その混迷状況 の解決に資する理論を提供しようと、本報告は、社会保障制度という生活問題対策体系における社会福祉の 位置と役割とを明らかにすることを目的とする。
 社会福祉は、社会保障制度の中にあって、社会政策(としての社会保険)を補充または代替する役割を担う が、どこまでが社会政策の対応領域であってどこからが社会福祉の対応領域であるのか、すなわち社会政策と 社会福祉の境界域は変化する。このことによって社会福祉はときに過重な負担を負わされ混迷することになる のであるが、その変化がどのようなメカニズムで起こるのかと、社会福祉実践を効果的にするための境界域の 設定はどのような方法で可能であるのかを明らかにする。

2.研究の視点および方法

第一は、文献研究である。社会福祉は社会政策を補充または代替するが、そのうちの代替性は社会福祉 に過重な負担を負わせるものであり、この性質を放置することは社会保障制度全体の発展にとって望ましく ないとした、孝橋正一の理論に依拠するものとする。また、社会政策=労働問題対策・社会福祉=生活問題 対策とは単純に規定することができないこと、つまり、労働問題と生活問題とはそもそも複合的な問題とし て登場してきたことを、労働・社会問題研究の古典より明らかにしたい。それら古典とは、とくに、Friedrich Engels "The Condition of the Working Class in England"と、横山源之助『日本の下層社会』である。
 第二に、統計資料を用いた研究を行う。統計資料は、社会福祉の社会政策、とりわけ、雇用・失業政策に 対する代替性が近年急速に強まっていること、つまり、社会政策と社会福祉の境界域が大きく社会福祉側に 移動していることを明らかにするためと、労働運動の弱体化が社会福祉による代替領域を拡大させていること を明らかにするために用いる。  

3.倫理的配慮

「日本社会福祉学会研究倫理指針」を遵守し、そのうちとくに「第2:指針内容」のA・F・Gの規定 内容に沿い、十分な倫理的配慮を行った。

4.研 究 結 果

文献研究と統計資料の吟味によって以下の内容が明らかとなった。
(1)労働問題と生活問題とは、ヨーロッパにおいて、すでに19世紀より、複合的問題として現れてきた。それゆえ、狭義の労働条件問題だけに対応する社会政策(工場法)だけでは、労働力を保全するという社会政策の目的は達成され得なかったのである。
(2)資本主義社会において、労働者階級・勤労国民(=社会福祉の対象でもある)の貧困化・窮乏化は、自動的に国家の対策課題、つまり労働・生活問題(=社会問題)として認識されるのではなかった。労働者階級の貧困化・貧困状態は、まず、労働運動の圧力によって、労働問題という社会政策の課題として浮かび上がることとなった。
(3)しかしそれだけにとどまらず、労働条件と生活条件とはひとつの環の中に存するのであるから、労働運動は、生活条件の一定部分(=労働力の再生産に直接関連する部分)を生活問題として顕在化させ、生活問題を社会政策、とりわけ社会保険の課題であると国家に認識されることとなったのである。
(4)しかしながら、社会政策には資本の負担・利潤の減少が伴うのであり、資本主義社会である以上、社会政策は無限に成長させていくことができない。社会政策には限界が存在するのである。社会政策が対応できない部分を補充するのが社会福祉である。
(5)社会政策がもし、労働・社会運動の弱体化によって、(4)の理論的限界まで達しないとすれば、その部分を代替させられるのもまた社会福祉である。
(6)つまり、社会政策と社会福祉の境界域(=社会福祉による代替領域)は、労働運動の強弱によって変化するのである。統計資料によって明らかである近年の労働運動の弱体化は、生活条件を生活問題へと顕在化させる効果が弱まったことを意味するのである。
(7)社会福祉は、雇用・失業のような、本来社会政策が担うべき課題、つまり資本の負担を伴わなければ解決され得ない課題を担うことはできない。そのような課題を押しつけられていることが社会福祉の混迷をもたらした。
(8)社会政策と社会福祉の境界域の社会福祉側へのシフトによる混迷を解決するための方法は、労働運動の強化である。しかしながら、今日の労働運動が、直ちに生活条件へのアプローチを強化するとは考えがたい。
(9)したがって、必要となるのは、社会福祉実践が、日々の取り組みにおいて、「社会福祉に課せられた重荷」を自覚し、労働運動に対し生活条件に接近するよう働きかけることと、さらには、社会保障運動に発展した社会福祉実践が労働運動と連帯することである。

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