ポスターセッション高齢者保健福祉  大西 次郎

安心して“息をひきとる”ことができる老人ホーム
 -施設の“みとり”と“おくり”-

○ 武庫川女子大学  大西 次郎(会員番号6491)
キーワード: 《老人ホーム》 《みとり》 《葬儀・葬祭》

1.研 究 目 的

 葬儀・葬祭業者から老人ホームへ向けた、基礎的な遺体や葬送儀礼に関する技術指導の形を取る、業者、入居者・親族(遺族)、施設職員の三方へ資する葬祭業の事業展開を提起する。
 ① 高齢者の死に携わる事業への関心は低くないが、“みとり”(生前) と“おくり”(死後)を一貫しケアする発想は乏しい。死を意識する本人が、逝去後の扱いを案ずるにも拘らず。
 ② その要因のひとつに契約対象の乖離がある。生前の介護福祉は本人、死後の葬儀・葬送は遺族が事業サイドからみた支払主体である。わが国において、法律上担保される生前契約はいまなお一般的でなく、民間による互助会・積み立て方式はトラブルも無視できない。
 ③ このため従来、本人の死を境とする分業が成立し、その移行期の作業を地域共同体(隣保・区長) が務めてきた。しかし、このような機能は都市部を中心に衰退しつつある。
 ④ 老人ホームは生活の場であるため、今後みとりの機会が増加すると予想されるが、親族の意向の揺らぎや、職員の疲弊などの課題が現場で露呈しつつある。このことは、営業展開・販促活動が難しい葬儀・葬祭業サイドのアプローチが、受け入 れられる背景ともなる。
 ⑤ 老人ホームでの死は、固定場所での、態様の共通した継続的な葬送事業ニーズの発生と解釈できる。葬儀・葬祭業者による、施設側への技術指導の形態を取るアウトリーチは、事業としての確立、入居者・親族 (遺族) ならびに施設職員の満足、の三者を並立させ得る。
 

2.研究の視点および方法

 調査対象は、H 県下のそれぞれ地域性や規模を異にする特別養護老人ホーム4 施設の長(男性3 名、女性1 名) と、葬儀・葬祭業2 社の社員2 名である。社員は経営者(中堅: 男性)および葬祭ディレクター(大手: 女性) であり、前者からは施設へ向けた技術指導ツールの試作にあたって、一部を公表する同意を得た。方法は、研究者による各所属機関先での半構造化インタビューである。面接は、会議室や応接室等を用いて概ね各1 時間程度行った。 

3.倫理的配慮

 対象者に調査の趣旨を説明し、理解していただけたら協力してほしいこと、協力を断ってもよいこと、協力が得られた場合に聴取した事項は所属機関と個人のプライバシー保護へ十分配慮し、匿名性が遵守されること、研究以外の目的に使用しないこと、面接に際しては途中で止めることができ、語りたくないことは語らなくてもよいことなどを確認した。
 聞き取りした事実は発表時に、本質を損なわない程度の文言・内容の変更・省略を加えた。 

4.研 究 結 果

 施設から葬祭事業者へ、要請が可能であれば提供を望む知識・技術には以下のものがある。
 ① エンゼルケア/ エンゼルメイク(拘縮・硬直肢の整え、死に化粧) や遺体保存(ドライアイスの設置箇所、分量、冷気を保つ工夫/ 乾燥の防止/ 除菌や消臭) の技術。
 ② 死後の居室の(衛生上の問題ではなく、宗教あるいは伝統的な) 清めの儀式。
 ③ 信仰する特定宗教・宗派による、施設内での応急的かつ具体的な対応の方法。
 ④ 遺体を自宅へ搬送した場合の処置のしかた。宗教的な儀礼(蒲団の上に刃物を置く等)。
 ⑤ 和服の着付けなど、想定外の要望への応需(遺体の胸を覆う位の対応へ止まっている)。
 ⑥ 入居者から死後の希望を職員が聞いた場合の、対応をつなぐ先(介護・看護が職務との思いを尊重しつつ、生活の場としてのあり方を鑑み、入居者の意向の遵守を両立させる)。
 ⇒ 現況では死後24 時間程度の親族が到着するまでの対応、としての需要が主体である。
          

葬儀・葬祭業における従来の事業展開と、その一部にみる限界は次のようにまとめられる。
 ① チラシ: 営業 (販促活動) が難しい中、新聞折込/ ポスト投込。効あるも限定的。
 ② イベント開催: 葬祭会館の友引日などを利用。葬送と関連しないが一定の集客力。
 ③ 病院営業: 緩和ケア病棟など限定的な事例を除き、組織的ニーズの喚起に至らず。
 ④ 互助会・積み立て方式: 法的な拘束力がない。逝去後の執行にトラブルもあり得る。
 ⑤ 遺言方式: 負担付遺贈、遺言執行人の指定。将来注目されるが、すぐにはどうか。
 ⇒ 今後、多死社会の中で、葬儀がデスケア産業として成熟するためには、単なる顧客の早期囲い込みではなく、双方向的なユーザーのメリットにつながる事業展開を目指す必要がある。では、実際の契約主体となる親族(遺族) に、死という事業ニーズの発生より前、どうやって事業者がユーザーへアプローチするのか。ここに老人ホームが位置付けられる。
          

事業としての“おくり”の、老人ホームへ向けた展開の具体像を以下に提起する。
 ① 対象は、(入居者や親族ではなく) 老人ホームの職員とする。
 ② 態様は、無償の、基礎的な遺体や葬送儀礼に対する技術指導の形を取る。
 ③ 死後の初期対応に関する潜在的ニーズがあり、施設へ受け入れられる基盤がある。
 ④ 施設側のメリットは比較的明らかである。親族に匹敵する信頼感ある職員より、余裕をもった逝去後の対応が提供可能となる(お別れの会)。他の入居者へも、安心感を与える。
 ⑤ 葬儀・葬祭業側のメリットとして、継続的な同種ニーズの発生源である老人ホームにおいての協働からもたらされる、職員あるいは入居者・親族への認知度の向上が想定される。
 ⇒ 2006 年の介護保険法改正に伴い、特別養護老人ホーム入居後の早い時期に「死亡後の引き取りや葬儀方法」の確認が推進されている。終の棲家における生活の日々に、職員との信頼関係の構築を経て、逝去後の対応や葬儀の進め方を確認していく環境が整ってきた。
          

 死を境とする従来の分業を乗り越え、入居者の死後ではなく、早い時点から葬儀・葬祭業者が施設で協働することにより、入居者・親族を巻き込んだ葬送の意識化を図る。その結果、事業フィールドとしての確立、入居者・親族 (遺族) ならびに職員の満足を並立させ得る。 

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