首都圏高齢者が外出時に利用する交通手段の選択について
○ 東京都健康長寿医療センター研究所 深谷 太郎(会員番号4668)
東京都健康長寿医療センター研究所 小林 江里香 (会員番号3755)
キーワード3つ: 《高齢者》 《社会参加》 《交通》
高齢者のQOLを考える上で、他者との交流を伴う社会参加は大切な要件である。また、同時に閉じこもりは寝たきりや認知症のリスクファクターであることも既に知られている。
そのためには外出することが必要となるが、その『外出』の際に用いられる交通手段について、身体状況との関連を調べることが本研究の目的である。
1)分析対象: 2005年9月に東京都A区とB区において行った郵送調査のデータを利用した。A区は23区東部に位置する地域で、B区は西部に位置する地域である。対象者は無作為抽出された60~74歳の住民、各1,000人であった。有効回答数はA区が462(回収率46.8%)、B区が551(55.5%)だった。
2)分析項目:(1)外出手法:対象者に外出するときに、利用することが多い乗り物を、「自転車」「オートバイ、スクーター」「自分で運転する自動車」「家族などが運転する自動車」「バス」「タクシー、ハイヤー」「電車」「その他の乗り物」「徒歩で行ける場所しか行かない、乗り物は必要ない」の9つの選択肢を提示し、複数回答で回答を得た。(2)対象者の身体状況:調査方法が郵送調査であるため、事前に元気な高齢者が多いことが予想された。そのため、通常のADL・IADL項目ではなく、衣笠らの作成したMotor Fitness Scale(以下MFS)の中の移動性次元における6項目を用いた。対象者の体力について、」「歩いている他人をはや足で追い越すことができる」「飛び上がることができる」「走ることができる」「階段をあがったり、おりたりできる」「2階にあがるときに息切れしない」「30分以上歩き続けることができる」という6項目を「できる」「できない」の2択で尋ね、「できる」と答えた数をもって対象者の身体状況とした。(3)個人属性:居住区のほか、高齢者の性、年齢、学歴、外出頻度、就労の有無を投入した。
調査を行う前に、発表者の所属する研究機関において倫理委員会の承認がされ、質問において倫理上問題のある項目がないことが確認されている。また、回収された調査票および電子化されたデータには、対象者氏名、対象者の生日、居住町名は記載されておらず、調査対象者名簿は再生不可能な形で廃棄されており、調査対象者の個人情報が漏れる可能性はない。
4.研 究 結 果 移動手段に徒歩しか選ばなかった対象者は全体の4.9%おり、外出頻度は有意な差は見られなかったが、MFS得点においては4.3点と、徒歩以外を選んだ対象者の5.0点に比べ、有意に低かった。
徒歩以外の移動手段を選んだ高齢者に対し、移動手段について因子分析を行った。ただし、「その他の乗り物」については解釈が不能であるため除き、のこる8項目を分析した結果、『公共交通機関因子』(「バス」「電車」)『徒歩圏因子』(「自転車」「徒歩で行ける場所しか行かない、乗り物は必要ない」)『私的交通機関(他者運転)因子』(「家族などが運転する自動車」「タクシー、ハイヤー」)『私的交通機関(自力運転)因子』(「オートバイ、スクーター」「自分で運転する自動車」)という4因子が抽出できた。このうち、徒歩圏因子(自転車・徒歩)については、両者の符号の向きが逆であり、排他的な利用がなされている。つまり、『徒歩圏においては自転車もしくは徒歩での移動をおこない、それを超える範囲では「オートバイ・自動車(自分運転)」「自動車(家族運転)・タクシー」「バス・電車」のいずれかの交通手段を用いている』ということが推測される。
次に、徒歩圏因子以外の3因子について、「いずれか1つでも利用している・いずれも利用していない」の2値にし、それらに自転車の移動を加えた4つの変数を従属変数としたロジスティック回帰分析を行った。独立変数としては、居住区のほか、高齢者の性、年齢、学歴、独居、就労の有無、経済状態、そしてMFS得点を投入した。
その結果、同居者の有無とMFS得点は全てにおいて有意であり、独居者は公共交通機関を使うがそれ以外の交通手段は用いないこと、MFS得点が高く、身体的に活発な対象者は私的交通機関(他者運転)以外を使う傾向にあった。また、性別についても、自転車は有意な差は無かったが、男性は公共交通機関や私的交通機関(他者運転)は用いず、私的交通機関(自力運転)を用いていた。
以上より、世帯構成・MFS・性別の3つの側面からを総合すると、元気で家族と同居する女性は利用交通手段の選択肢が多く、MFS得点が低く独居している男性の場合、いずれの交通手段においても属性間の相互作用で利用しない傾向が高くなり、選択しうる交通手段がないことが示唆された。
なお、本研究の限界として、以下の3点があげられる。
まず、調査対象地域が首都圏であり、バスや電車などの交通手段が十分ある地域に限定した結果であるということがあげられる。全国では、バスや電車の利用が出来ない、もしくは極めて困難な地域が多数有り、そこでも同様の結果が得られるか否かは不明である。次に、「夫が運転し、妻が同乗する」といった、性的役割分業が影響している可能性もあるが、このデータではそれについて調べるすべがない。また、調査時期が5年前であるということで、現状とは多少の差異が生じている可能性がある。