社会事業期におけるケースワーク導入に関する一考察
-方面委員の実践活動との関わりに焦点づけて-
○ 関西福祉科学大学 岩本 華子 (会員番号6144)
キーワード: 《ケースワーク》 《方面委員》 《社会事業》《科学化》
筆者はこれまで社会事業とわが国の近代化過程とのかかわりについて、援助活動わけても方面委員による実践活動に注目しながら研究をすすめてきた。本研究はその研究の一部を成すものである。本研究では、M.リッチモンドにより体系化されたケースワークという「援助方法に関する知」が日本に紹介された際、ケースワークが方面委員による実践活動と重ねて語られたことに注目し、当時の論者が方面委員による実践活動のどのような点をケースワークとかかわらせて論じていたのかについて検討を行う。
戦前のわが国にケースワークが紹介されていることについて言及している先行研究としては、岡本(1973)、吉田(1974)、池田(1986)、小池(2007)などがある。岡本(1973)は、ケースワークを方面委員制度と結びつけて導入しようとした試みに対して、「公的な社会事業の推進をはかるというより、民間篤志家の制度を利用しながら、ケースワーカーの公的な制度化を回避し、民間人を動員して社会事業の適切かつ合理的な運用をはかること、ひいては要救護者の救援抑制の安上がり政策の道具に役立つ専門技術として位置づけられようとする側面も決してないとはいえない」(岡本 1973: 74)と評価している。加えて、「当時の社会事業は恩恵的・慈恵的性格を濃厚に残していたため、ケースワークの機能がときにはいわゆる両刃の剣として作用することがあった」(岡本 1973: 74)ことも指摘している。このような岡本の指摘は本研究において示唆的ではあるが、ケースワークを導入しようとする各論者が方面委員による実践活動のどのような側面を援助技術として評価していたのかに関する詳細までは明らかにされていない。よって本研究の目的は、ケースワークの導入において、方面委員による実践がどのように評価されていたのかを明らかにすることである。「援助方法に関する知」であるケースワークが紹介され、導入されようとしていたことは、(その導入効果がどうであれ)援助活動自体の「科学化」および、「科学化」を含んだ「近代化」を志向するものであるともいえる。よって、ケースワークが紹介された際の言説を検討することにより、社会事業における援助活動の「近代化」の一側面を示すことができると考える。
わが国の占領下における社会事業従事者養成とケースワーク導入について検討を行っている小池(2007)によると、それ以前にも断片的な紹介は矢吹慶喜等によってなされていたものの、ケースワークが本格的に紹介され始めたのは1920年代以降であり、本格的な検討としては1924年に発表された三好豊太郎の論文に始まり、その後、小澤一、福山政一、そして竹内愛二等に継承されていったとしている(小池 2007: 25)。本研究では小池(2007)に所収されている「略年表」(小池 2007: 165-79)に記載されている「ケースワーク関連文献」をもとに文献抽出を行った。本研究の対象期間は、ケースワークの紹介がなされた1917(大正6)年から救護法施行前の1931(昭和6)年までと設定した。この時期に設定した理由は、方面委員が救護委員として救護法の運用を担う以前の時期をみることによって、ケースワークを導入しようとする各論者が方面委員の実践活動のどのような側面を評価しているのかについてより重点的に検討が可能であると判断したためである。本研究では、「略年表」に記載された「ケースワーク関連文献」のうち対象期間に出された25本を分析対象とする。25本に対して、ケースワークが方面委員と重ねて語られている部分に注目し、方面委員による実践活動のどのような側面を取り上げているのかについて整理・分析を行った。その際、1論文で複数の側面を取り上げている場合、すべての側面について整理を行った。
3.倫理的配慮本研究は既刊行文献を対象に整理・分析を行う研究である。先行文献、引用等については日本社会福祉学会の定める研究倫理指針を遵守する。
4.研 究 結 果 本研究の分析対象文献25本のうち、ケースワークと方面委員の実践活動を重ねて論じていた文献は12本であった。このうち方面委員によってカード階級の家族に対して、様々な資源を用いて実践活動を行っている側面を取り上げている論文(6本)や、方面委員が個別的なかかわり(人から人への扶助)を行っている側面を取り上げている論文(5本)、調査をもとに活動している側面を取り上げている論文(5本)があった。これらはどれも方面委員が行っている実践活動の「方法」について取り上げていると考えられる。
方面委員の実践活動に対しては「方法」だけではなく、カード階級にある家族の生活向上という「機能」に加えて、制度創設にかかわった小河滋次郎が無産階級と有産階級の「協調」や「階級融和」という「機能」を期待していたこと、および、実際その「機能」が実行されていたことが示されている(岩本 2009)。しかしながら、分析結果では方面委員による実践活動が有した「機能」を取り上げた論文はみられなかった。
すなわち方面委員の実践活動に対しては、活動によって生じる「機能」と実践する際の「方法」という2側面から把握することができるにもかかわらず、ケースワーク導入においては「方法」のみに主眼が置かれることになった。このことにより、ケースワーク導入において方面委員の実践活動がもつ「階級融和」や「調和」という機能が検討されることなく、不問にされる可能性を有していたことが考えられた。