高年齢者雇用における公的支援について
-労働力需要における助成施策を中心に-
○ 九州産業大学 萱沼 美香 (会員番号5198)
キーワード3つ: 《高年齢者雇用》 《雇用政策》 《助成制度》
日本は国立社会保障・人口問題研究所の「自然減は06年から」とする予測より1年早い2005年から人口減少社会に突入した。人口増加を前提に社会制度の設計がなされてきた日本にとって少子高齢化に伴う人口減少社会への突入は、年金などの社会保障制度や労働力確保といった社会経済への影響は多大であり、大きな政策転換が必須である。このような社会変革に直面している日本社会において、今後、年齢や性別等に関わりなく能力に応じて社会に参画し、共に支え合う共生社会の実現が求められる。そのためにも多様な構成員の能力を有意に活用できる社会環境を整えることが肝要である。
従来、高齢者は社会的弱者として位置づけられ社会的に支えられる側として認識されてきたが、高齢化とそれに伴う問題が表面化するなかでその認識も変化し、平成15年版厚生労働白書では「活力ある高齢者像と世代間の新たな関係の構築」と題され、社会の支え手としての役割が求められるようになっている。
そこで本報告では、社会の支え手として期待されている高齢者の労働力に着目し、その就業行動がどのように社会経済に影響するのかを分析するため、これまでの公的支援政策の展開および現状の取り組みから考察を行う。公的支援政策としては、助成制度を中心にその役割と意義を明らかにすることで今後の共生社会実現における課題について考察することを研究目的とする。
本報告では、高齢者の就業行動における決定要因への影響を労働力供給側である高齢者と労働力需要側である企業の2つに大分し、需要側である企業に着目し分析を行っている。また、高年齢者雇用対策における雇用調整への公的介入には、高齢者雇用に際する実質賃金引き下げに作用する支援、法律制定や行政指導等による支援、高齢者に再訓練等による人的資本を高め生産性の向上につなげる支援、雇用環境整備による支援の4つに大別されるが、本研究では実質賃金引き下げに作用する支援である助成金制度に着目し、その政策変遷と現状を明らかにした。はじめに、高年齢者に対する就労支援を公的に行う理論的根拠について先行研究を踏まえ考察する。つぎに、高齢者雇用政策における企業に対する助成制度の政策展開の変遷と現状の取り組みを概観する。そして、助成制度が企業の高年齢者に対する雇用管理においてどのような影響を与えているのかを統計資料及び実態調査に基づき分析し、その機能と役割について明らかにする。最後に、以上を踏まえ、共生社会を目指す上での今後の課題について考察する。
3.倫理的配慮本報告に際し、対象となる団体や組織等に対し倫理的な配慮を行う。また、適切な用語・表現が用いられているかの十分な確認及び参照する他者のデータなどの出所や表記に関する厳密性を確保する。また、本報告は原著論文であるが、内容において拙書に関連するものがある場合はその旨を資料等に明記する。
4.研 究 結 果 現在、高年齢者雇用対策において労働力需要側である企業に高齢者の就業決定を促すための助成措置を含む支援施策は、厚生労働省を主として多数実施されている。
はじめに、希少な財源を用いて高年齢者雇用を施策として公的に支援される理論的根拠を明らかにする。一つは、高齢化による労働供給制約が強まり長期的に労働需給は逼迫ぎみに推移すると推計されることから、その緩和策の一環として労働力を上げることを目的に高年齢者の雇用環境整備への支援が行われる。また、急速な社会転換に対応できない者に対する支援の必要性や社会にとって望ましい行動の奨励を促すことも社会的費用の考慮と同様に私的費用の調整が認められる。これらを根拠に現在、労働市場における雇用調整に公的支援の介入なされていると考えられる。
戦後の雇用政策において高年齢者を対象とした対策は1960年代より取り組みが始まり、助成措置については、1971年制定の「中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法」にて中高年齢者雇用奨励の特別措置として、雇用率設定職種の労働者として雇用されることを促進するための職場適応訓練を行う事業主に対し当該訓練に係る費用の給付金等が規定されたことに始まる。1973年には定年延長を実施した中小企業に対する定年延長奨励金支給制度が創設され、以後、高年齢者雇用を奨励するための制度が次々と創設されることとなる。高齢者雇用に係る事業主に対する助成措置は企業内部における継続雇用を推進する雇用維持対策と定年等による退職後の再就職を促進する再就職対策を軸に展開される。しかし、制度が複雑でわかりにくいこと、内容が不十分であること等からその利用が進んでいない事業もあるため助成措置を改善し、簡潔にすることで企業に対するインセンティブを高めようと制度の見直しが検討され、実施されてきたが、このことが一層制度利用を複雑化し、実効性につながらない要因ともなってきた。
今後、限られた財源を用いてより実効性の高い施策を精査する上で、現行の助成措置は再検討する必要がある。当該施策の見直しにおいては、政策効果について検証したデータを用いるなど費用対効果も踏まえた政策評価が行われていくことが求められる。