統合失調症のある人の家族支援
-「二度と相談しない」と思うに至ったプロセス-
○ 日本福祉大学大学院 佐伯 佳子 (会員番号7869)
キーワード: 《統合失調症》 《家族支援》 《幻滅》
厚生労働省は,平成16年「精神保健福祉医療福祉の改革ビジョン」において「入院医療中心から地域生活中心へ」という
基本的方策を推し進めている中,「精神病床の利用状況に関する調査」(平成19年厚生労働科学研究こころの健康科学事業
により実施)において,精神病床に入院する退院患者の65%以上の219万人が退院後自宅で家族と同居していると示してい
る.疾病と障害を併せ持った当事者と生活する家族は,医師でも精神保健福祉の専門家でもない.
本研究では,医師以外,援助職と特に関わりのない家族を対象に,家族が援助職に対して,「二度と相談しない」と思う
に至ったプロセスを分析することで,家族が相談ニーズを持ちつつも援助職に相談できない理由を明らかにする.
Snowball Samplingの手法を用い,医師以外、援助職と特に関わりのない,統合失調症と診断された母親の娘を対象 に,半構造化インタビュー調査を行った.質問項目は主に以下の5つである.①家族が発症したことで不安に思ったこと ・困ったこと,②①のようなとき,どこに相談に行ったか,③相談に行ってよかったこと,行かなければよかったと思 ったこと,④家族が発症したとき一番頼りになった人(場所),⑤今後,どのような支援があればよいか(ほしいか).
3.倫理的配慮調査対象者には,研究の目的と方法,匿名性の確保,途中で面接を中断することができること,研究に参加したこと で不利益が被ることがないことを説明し,インタビュー面接の同意を得た.面接内容においては,個人が特定される可 能性のある情報は削除することとし,また,録音時のデータ管理についても,同意を得ている.
4.研 究 結 果本事例は,統合失調症の母を持つ娘が,大きな期待をもって援助職に相談に行ったが,逆に援助職者に幻滅し,「二
度と相談しない」とまでの思いを抱いたという事例である.
娘は,母親の病的行動に気づきながら,「直面化したくない」という気持ちから,母親を病院へ連れて行くことがで
きずにいた.しかし,たまたま近所の仲良くしている夫婦から保健所に相談員がいることを知らされ,初めて外部に頼
れる人がいることを知る.「そこに行けばなんとかなるかもしれない」という期待を抱いて相談に行くが,相談員に「今
,どうしてほしい?」と問われるだけで,結局は自分で何とかするしかないのかという思いを抱き帰宅する.その後も
母親の病的行動はエスカレートし,娘は一人で精神科病院へ行き,医師に母親の状況を相談した.医師は話を聴いて薬
を処方し,どのようにしたらよいかを具体的に示してくれた.そこで娘は「初めてこの人は助けてくれた,相談してよ
かった」と感じる.ある日,母親がガスをひねったことから近所の人が通報し,保健所につながり医療保護入院となる
.娘は「入院したときはすごくほっとした」と,やっと病院とつながったことに安堵感を覚えた.だが母親は入院中,脱
走したり,時には警察の世話になることもあった.外泊なしの入院から始まり,二週間外泊しまた病院に戻るという生
活を続ける.娘は,病院とつながっていることで安心をしながらも母親について誰にも相談できない生活を送っていた
.そのような時,精神障害者を抱える家族について講演があることを知る.娘は、精神保健福祉士の「家族会は家族への
サポートをやっています。ぜひ、皆さんも家族会に関わってください.」という話を聴き感激し,後日,講師の精神保健
福祉士に連絡を取り会いに行った.娘は,「家族会では,私のような家族に会えるかもしれない.辛い経験も聴いてもら
えるかも知れない」と大きな期待をもっていた.講師は,約1時間にわたり,娘の話を共感的に傾聴する.しかし最終的
には,「うちの病院に家族会はあります.ただ,あなたのお母さんはうちの病院に入院しているわけではないので来ても
らうわけには行きません.」と話した.娘は,「下手に共感して,あなたはどうしたいんですかみたいなことを言い続け
て,期待させておきながら,結局できないって言うのは何も言わないほうがまし」と感じ,「結局,誰も私を助けてくれ
ないのだ」と思い,「二度と相談しない」と援助職に対して幻滅する。
娘は,母親の発病時の高校時代から,「頼れるのは自分だけ」,「いざとなれば自分で解決しなきゃ」と思っていた.人
を信じたい気持ちはあるが,信じて傷つくのが怖く,めったなことがないと心を開かないでいた.それは,自分が母親
のことを親戚に話したとき拒否されたときの痛みを知っているからである.講演会で家族についての話を聴き,精神保
健福祉士を信じる気持ちになって思いきって相談した.それなのに「あなたはどうしたいのですか」と繰り返され,「や
はり誰も助けてくれないのだ」という思いに至り,過去の辛い経験が再現され,再び心を閉じてしまった.
家族は,援助職者の言葉に傷ついたり,分かってもらえないと感じても,普通はその場で指摘することはない.家に
帰り,"もう二度と行かない"と思うだけである.自分は良かれと思ってやった支援が実は相手に届いていない,期待は
ずれだった,それを証明するのが「二度と相談しない」という行動である.
本発表では,大きな期待を持ちながら,「二度と相談しない」と思うに至ったプロセスの詳細な分析結果を提示する.
藤野成美・山口扶弥・岡村仁(2009)「統合失調症患者の家族介護者における介護経験に伴う苦悩」『日本看護研究学会雑誌』32(2),35-43.