私的年金の制度類型
-公的年金制度との関係から-
○ 立命館大学・産業社会学部 鎮目 真人 (会員番号2427)
キーワード: 《私的年金》 《新制度論》 《制度改革》
近年、発達した公的年金制度を持つ国では公的年金が縮小され、その代りに私的年金の拡充が図られている。本研究では、私的年金制度の類型化を行い、私的年金の性質と公的年金との関係を明らかにしたい。
2.研究の視点および方法―私的年金制度の類型― Hippeによれば、私的年制度のガヴァナンスに着目した場合、私的年金は以下のように類型化できるとしている(Hippe 2009)。こうしたHippeの私的年金類型にみられるように私的年金といっても様々な形態があり、公的な関与のありかた次第では、公的年金と同じような再分配効果がある程度期待できると考えられる。例えば、ReinとTurnerは、私的年金のカヴァレッジが広く、給付水準の高い国では貧困率が小さくなっていると指摘し、多くの国における私的年金給付は所得の上位60%に集中しているが、オランダやスイスでは私的部門の年金は所得の下位40%に対して大きな役割を果たしているとし、そのような場合、私的年金でさえも貧困を減少させる上で大きな役割を果たしうると述べている(Rein,Turner 2004)。また、ReinとStapf-Finéは職域年金の対象が限定的で公的年金制度の給付水準が低い場合に不平等が増加すると指摘している(Rein, Stapf-Finé 2001)。
ReinとTurnerが低所得者に対して所得保障の役割を果たしていると規定したスイスやオランダの私的年金(企業年金)をみると、公的年金に類似した規制措置が幾つか設定されている。例えば、スイスの強制年金(BVG)やオーストラリアの退職保障年金では、加入者よりも重い雇用主負担が課せられている(スイスでは掛金の50%以上を雇用主が負担する義務があり、オーストラリアでは雇用主負担が従業員負担の3倍で、低所得者ほど所得代替率が高くなる給付設計となっている)。また、スイス、オランダ、スウェーデンでは私的年金に対して、一定の利率を保証するような規制がある(スイスやオランダでは企業年金の予定利率は4%と定められ、スウェーデンのプレミアム年金では最低2.7%の利率が保障されている)。その他、ドイツの補足的老後保障年金やスウェーデンのプレミアム年金では、本人の積立金拠出に加えて、国家による補助がある(ドイツでは基本補助と児童補助、スウェーデンでは子育て中の者や失業給付受給者への補助)。
:本学会の定めにより、研究遂行上適切に配慮した。
4.研 究 結 果―私的年金と公的年金制度―公的年金との関係を考えた場合、私的年金の類型は以下のようにあらわすことができるだろう。スウェーデンのように国家型とは国が加入者を強制加入させ国家による補助も制度化されていてある程度の再分配効果が期待でき、公的年金制度を補完する目的を持つものである。強制加入協約型とは国家型と同じく強制加入だが、公的年金の給付が基礎的な給付に限定されているため、従前所得保障について公的年金を代替する役割を持つものである。オランダやスイスの制度がこれに該当する。任意加入協約型は強制加入ではないが、一定の公的な補助があり、公的年金を補完することを目的とするものである。これにはドイツや日本などの制度が当てはまるだろう。市場契約型とはアメリカの401Kプランに代表されるように、個人の責任において運用し、中間所得層以上にとっては公的年金制度を代替する役割を持つものである。この制度では公的年金に類似した役割は期待できない。
Hippeは近年の改革により、多くの国の私的年金制度では先にあげた類型にきっちりと収まらないハイブリッド化(=私的年金制度の収斂化)が進んでいると指摘しているが(Hippe 2009)、私的年金制度にも様々なタイプがあり、また、公的年金制度との組み合わせは多様である。年金制度の変化を捉える上では、こうした私的年金の性質を考慮にいれ、公私年金を一つのパーケージとして捉え、全体としてその変化をみることが必要だろう。
Hipp,Thorsten(2009) "Vanishing Variety?The Regulation of Funded Pension Scemes in Comparative Perspective.",In Governance of Welfare State Reform ,by Irene Dingeldey,Heinz Rothgang(eds.),Cheltenham,UK;Norhampton,MA,USA:Edward Elgar,pp.43-68.Rein,Martin.,Turner,John(2004)"How societies mix public and private spheres in their pension systems.",In Rethinking the Welfare State, by Martin Rein,Winfried Schm?h (eds.), Cheltenham,UK;Norhampton,MA,USA:Edward Elger,pp.251-293.Rein,Martin.,Stapf-Finé,Heinz..2001. "Income Packaging and Economic Well-Being at the Income Last Stage of the Working Career.",Luxembourg Income Study Working Paper No.270.
(本研究は、平成22-24年度日本学術振興会科学研究費補助金、基盤研究(C)「年金の脱貧困化効果に関する計量・歴史・比較事例分析」(課題番号22530646)による研究成果の一部である)