脱官製地域福祉:コミュニティワークとしての新しい試み
-北米における実践例の紹介-
○ 富山福祉短期大学 根津 敦(会員番号4392)
キーワード: 《ハームリダクション》 《ドラッグコート》 《ドゥルース・モデル》
海外においても、「ソーシャルワーカーはバンドエイド(絆創膏)にしか過ぎないのか」という自己批判が見られる。人々のつらさや苦しみを理解し寄り添いながら支援をする専門職がソーシャルワーカーであるが、これらのつらさや苦しみを与えている社会構造を変革する試みをも期待されている。現場で活動実践しているソーシャルワーカーだからこそ、社会正義を民主的方法で実現する使命(ミッション)を全うできるのである。
「ソーシャルワーカーとはソーシャルワークをする人である。ソーシャルワークとはソーシャルワーカーがするすべての行動である」と定義し、ソーシャルワーカーとしてのアイデンティティ(価値と倫理)をもって行動することが専門職として大切であると提唱している。つまり、ソーシャルワーカーとしての誇りを持ち、人間の福祉の増進を目指して、社会の変革を進めているならば、オムツ替えであろうと、車椅子補助であろうと、ホームレスへのおにぎり配りであろうと、その活動はソーシャルワークと位置づけられるのではないだろうか。「見えない価値を見出し支援に生かす」ことがソーシャルワーカーの専門性であり、既存の枠組みや常識を破るアクティビスト(活動家・運動家)としてのソーシャルワーカーも必要であろう。この点で、崩壊する日本社会において、脱官製のソーシャルワーク実践が求められよう。
薬物依存者に注射針や吸引パイプを無料提供するハームリダクション、アルコール依存症ホームレスにアルコールを提供し生活安定化を図る実践であるMAP(飲酒管理支援プログラム)、DV被害者・加害者を対象にした実践であるDAIP(家庭内暴力介入プロジェクト)、従来の司法の枠組みを超えた裁判官がソーシャルワーカー的役割を演じてコミュニティでの更生を目指す薬物裁判所(ドラッグ・コート)などの北米での活動実践から、官製地域福祉(上からの福祉)から当事者主体・現場主導のコミュニティワーク(下からの福祉)を学ぶ。
平成21年度の学会ポスター発表では、カナダにおけるコミュニティワークの教授法を紹介した。コミュニティワーク展開を支えるパウロ・フレイレの理論や実践方法として考察されるソウル・アリスキーモデルなどを例示し、議論を深めた。今回は北米で試みられているコミュニティワーク実践を例示しながら、既存の制度的枠組みを突破した活動実践を日本で、どのようにしてソーシャルワークとして展開できるかを分析し考察する。
3.倫理的配慮公表されている文献・資料を活用している。またMAP資料については、カールトン大学大学院生としてソーシャルワーク現場実習を通して入手しており、その実習経験も含めて、特に日本で発表し紹介することについて、当該施設及び当事者から了解を得ている。
4.研 究 結 果ハームリダクションとは、依存症を問題の原因と見定めて治療するアプローチではなく、薬物やアルコールなどの使用をコントロールすることによって、依存症によって引き起こされる様々な問題や苦しさを軽減し、社会の中で暮らせるように支援するアプローチである。社会的コストの抑制に寄与するとして、財政的支援を受けて展開されている。薬物やアルコールの依存症を持つホームレスの人々は特に、依存症とホームレスと言う二つの点で差別や偏見を受けて社会的支援が得づらい。また一般にシェルター(緊急一時保護所)は薬物依存者や飲酒者の受け入れを拒否し、依存症治療施設は治療の場であり生活支援までは行わない。ハームリダクションは、それらを突破する一つの可能性を有し、依存症や様々な困難を抱えながらも地域の中で暮らすという当事者のアドボカシー(権利擁護)と社会連帯と言う理念や当事者と共に歩む現場からのアプローチとして理解するならば、ソーシャルワークとして学ぶ点は多い。
カナダのオタワで開始された実践であるMAPは、アルコール依存症のホームレスの人が凍死する事件をきっかけに、路上で亡くならないようにと施設に留まる工夫として、現場のワーカーがシェルターの一角に机を設置してアルコールを提供したのが始まりである。今までの「アルコール依存症のために飲酒のコントロールができず、飲酒によって弊害や問題を引き起こしており、断酒をすれば解決する」という常識・発想を転換し、「アルコール依存症のために飲酒コントロールができないならば、飲酒のコントロールを第三者に任せて飲酒のマネジメントを行ってもらい、飲酒がコントロールされるならば、派生する問題を最小限にできる」と考えている。飲酒のコントロールによって生活が安定するため、肝臓や腎臓などの病気の悪化を抑えることによる医療費の抑制、緊急入院などの社会的コストの抑制につながり、本人の自立生活への一助にもなる。アルコール依存症ホームレスにアルコールを提供することについては多くのそして強い批判はあるが、どんな人であっても命は助けたいという現場の熱い思いがこのプログラムを成功に導いている。
ドラッグコートやDAIPにおいては、刑罰による当事者の更生やDV被害者への支援や加害者への更生活動で終わらず、コミュニティの力を活用し、DVの背景としてある男性優位的社会構造への取り組みが行われている。社会の崩壊感が広まる日本において、コミュニティを再生するために、非常に参考になる実践である。