【第23回】グローバル定義におけるソーシャルワークの中核概念が実践に反映されるように(房 冀洲)

明治学院大学大学院社会学研究科社会福祉学専攻 博士前期課程
房 冀洲

自己紹介

 社会福祉学を学ぼうと決めたのは、大学受験の年でした。目黒区虐待死事件の地裁判決が出て、そこではじめて児童虐待とDVの関係、および児童相談所と関係機関との間の連携不足といったことを知りました。それがきっかけで大学入学後は、児童福祉のゼミに入り、児童養護施設での実習を体験しました。
 ところで、いわゆる児童、障害、高齢のようにカテゴリー化された支援が、いかにソーシャルワークの中核をなす社会変革、社会正義、社会的結束などにつながっているでしょうか。また、こうしたマクロな視点が、はたして実践のなかに反映されているのか、疑問に思いました。そこで出逢ったのは、フェミニスト・ソーシャルワークでした。ピンクカラージョブと言われてきたソーシャルワークは、フェミニズムとの親和性が高く、かの有名な「個人的なことは政治的なこと」という第二波フェミニズムのスローガンが示しているように、フェミニズムはソーシャルワークと同じく社会変革を志向しているといえます。
 残念ながら、フェミニスト・ソーシャルワークをはじめとするクリティカルな視座を提供する社会福祉実践に関する内容は、社会福祉士養成の教科書に僅か一行か二行程度しか書かれていなかったのです。加えて、学部の授業参加時間の大半が社会福祉士養成課程のカリキュラムによって費やされ、福祉国家や社会福祉史、そして隣接分野の知識をしっかり学べませんでした。こういった二つの側面から生まれる不完全燃焼感が、私の大学院進学を後押ししてくれました。

研究内容

 私は現在、主に二つの研究を行っています。
 一つ目は、日本におけるフェミニスト・ソーシャルワーク実践の現状調査です。とりわけ、出産・中絶の意思決定支援に焦点を当て、フェミニスト・スタンドポイント理論の中核をなす「内なるアウトサイダー」概念を介して専門職主義の脱構築の可能性を探っていきます。
 二つ目は、「日本型福祉社会」による女性の生ないし身体への介入についてです。日本の脱商品化と脱家父長制化の低さといったマクロレベルの社会政策に基づく分析が問題視される一方、経済や労働とは異なる側面からの、女性の生、ないしその身体が受ける影響は限定的にしか論じられていません。日本型福祉社会論に内包されている保守的な女性観、そこから始まる少子化対策という名のもとでの出生促進政策、それに出生促進のような“ポジティブ”な施策の対極にあった人工妊娠中絶へのアクセスの妨害などを露わにしたうえで、ミシェル・フーコーの「生権力」論を援用しつつ考察したものを、第72回秋期大会で発表しました。

当学会へのリクエスト

 またまた未熟者である私の発表ですが、全体統括の方、司会の方、そして参加者の皆さまより数多くの建設的なコメントをいただき誠にありがとうございます。とりわけ、発表後の全体討議の時間を充分に確保している点が、日本社会福祉学会のユニークなところだと実感しており、発表者だけでなく部会にいる参加者をより多く巻き込んだ全体討議になっていけたらと思います。