【第2回】国際学会の動向(藪長 千乃)

国際学会の動向

国際学術交流促進委員会 委員
藪長 千乃(東洋大学)

 海外の研究動向として、今回はヨーロッパを中心として開催されているオープン参加が可能な2つの国際学会の動向と、加えて2つの分科会について紹介したい。

TCC(トランスフォーミング・ケア会議)

 一つ目は、ケアをテーマとした国際学会Transforming Care Conference(トランスフォーミング・ケア会議、以下TCCとする。)である。TCCは、当初デンマークで始まり、二回の開催を経て、国際会議へと発展した。子ども、高齢者、障がい者へのケアに関する政策選択と実践を中心的なテーマとして、ケアの変化に関する世界的な潮流を捉えた議論が積極的に行われている。TCCは隔年で開催されるが、学会組織を持たない。代わりにTransforming Care Network(TCN)がメーリングリストをベースとした情報交換・共有ネットワークとなっている。また、国際ジャーナルInternational Journal of Care and Caring(IJCC)が年4回発行されている。さらに、叢書Transforming Care book seriesも刊行されている。叢書では、ソーシャルワークを始め、社会政策、社会学、人類学等広い学問分野からの書籍のプロポーザルを受け付けている。

 2023年6月に、シェフィールド大学(イギリス)において第6回TCCが開催された。「境界、移行、危機の文脈」を共通テーマとして、地理的、社会的、構造的、制度的(有償/無償等)なケアの供給や提供、介護者と被介護者の「越境」、ライフコースに伴うケアの変化(移行)、パンデミックや紛争等の危機的な状況下における家族や個人の状況、支援と福祉との接続などが議論された。基調講演にはリアン・マホン氏(Rianne Mahon, Carleton University)らが招かれ、11のシンポジウムと24のテーマ別パネルが設けられた。前回(2021年)はCOVID-19への対応やパンデミックによる影響などを扱ったパネルが見られたが、今回はポストパンデミックを含めてCOVID-19関連の報告は限定的で、代わりにケアの危機と変化を扱ったものが多く見られた。

 TCCの特徴は、TCNのネットワーク、ジャーナルIJCC、これらの叢書シリーズが、すべて開かれていることである。無料のメーリングリストへ参加すればネットワークのメンバーとして情報を得ることができる。また、メンバーではなくても隔年の学会への参加・報告、ジャーナルへの投稿、叢書の提案をすることができる。

ESPAnet(ヨーロッパ社会政策分析ネットワーク)

 次に、紹介するのはヨーロッパ社会政策分析ネットワーク(The European Network for Social Policy Analysis, ESPAnet)である。TCCはケアとケア政策の研究に焦点をあてているが、ESPAnetはより幅広い社会福祉・政策分野を対象として、研究者間の交流と協力を促進することを目的としている。支部を設けている国もあり、各国で部会が度々開催されている。TCCと同様に、メンバーは登録制(無料)でメーリングリストに加入する。メーリングリストを通じて、部会をはじめ、様々なワークショップやセミナー、採用募集の案内等を受け取ることができる。

 ESPAnetの活動の中心は、年次大会である。2022年に第20回の記念大会がオーストリア・ウィーン大学で開催された。パンデミックを経て3年ぶりの対面開催であった。36のトラック(分科会)に加え、基調講演、著者による著書紹介、ポスター発表、オンラインセッションが設けられた。同一の時間帯に10以上のトラックが走り、セッション数は100近くにのぼった。(報告者数が多いので、一つのトラックが複数のセッションに分かれていた。)総計で、数百人が報告をしたことになる。基調講演には、ジュリアーノ・ボノーリ氏(Giuliano Bonoli, University of Lausanne)、トルディェ・クナイン氏(Trudie Knijn, Utrecht University)らが招かれ、それぞれ社会的投資国家、正義とバルネラビリティについての講演を行った。2023年の大会は9月にポーランド・ワルシャワで開催される。著書紹介を含めた31のトラックとポスターセッションが予定されている。

 2022年、23年のESPAnet年次大会は、いずれも困難な時代や激動の時代における福祉国家をテーマにあげている。デジタル技術の発展、これによる格差の顕著な拡大や孤立、世界的な労働不足と移民による人口流動、環境と共存する持続可能な社会の維持構築、パンデミックと紛争等、様々な側面から福祉国家の変革を迫る圧力をいかに乗り越えていくかが焦点である。各トラックのテーマは公募を踏まえて決定されるが、福祉国家とその政策、ソーシャルワーク、ケア、貧困や格差、所得、健康、移民・難民、加えて教育をテーマとするトラックがほぼ毎年設けられている。国際比較の研究も多く、また理論や研究方法に焦点をあてたトラックもあり、多様な側面から第一線の研究者の報告を聞くことができる。

国際学会の地域分科会、部門分科会

 最後に、国際学会の地域分科会と部門別分科会を一つずつ簡単に紹介したい。

 まずは、ESPAnetの北欧部会であるNordic ESPAnetである。Nordic ESPAnetは、北欧諸国の福祉に関する研究を推進することを目的として、2019年に設立された。「レジリエントな北欧福祉国家に向けて」をテーマに掲げ、「北欧福祉研究会議」として開催されている。第1回の大会では、EUの中の北欧諸国や比較研究に焦点をあてたパネルや、社会保障政策や育児・保育、政治と福祉、連帯や平等、福祉イノベーションなどをテーマと下パネルも設けられた。以降、NordicESPA-netは、主に博士課程の大学院生や若手研究者が発表の場とすることを奨励して、ワークショップ等を開催している。

 もう一つは、国際社会学会ISAの研究部会RC19である。RC19は、貧困・社会福祉・社会政策をテーマにした部会で、理論に基づく実証研究を推進することを目的としている。2023年現在、ダニエル・ベラン氏(Daniel Béland, McGill University)が会長を務めており、国際社会学会と重ならない日程で研究会を開催している。(RC19は会費納入が必要な会員制をとっている。国際社会学会の会員でなくても参加可能である。)

 RC19は研究会運営方針として「コルピ・ルールKorpi’s Rules」を採用している。以前会長を務めたスウェーデンの研究者ウォルター・コルピ(Walter Korpi)が、活発な議論と学術的な交流を促進するために提案した次の3つのルールに基づく、ワークショップ形式である。

 -論文は、事前に回覧される(読まれる)。
 -論文は、著者ではなく討論者によって紹介される。
 -全体で議論できるよう、討論者による報告に対して、著者は限られた時間しか応答することができない。

 報告募集にあたっては、上記ルールに加えて、次のような文章が続く。「したがって、大会に参加し、発表することは、他の参加者が論文を読むのに間に合うように論文を完成させ、他の著者の論文について議論できるように準備することを約束することとなる。同様に、参加者は他の論文の討論者を務め、その長所と短所を鋭く公正に評価し、活発な議論をすることが期待できる。」

 このようなコルピ・ルールを採用しているケースは、RC19だけでなくヨーロッパの学会では少なからず見受けられる。上記で紹介した学会でも、コルピ・ルールを採用していたセッションがあった。

学会に参加して

 筆者は、2021年9月から2022年9月までのフィンランドでの在外研究中、特にパンデミックが沈静化してヨーロッパの移動が比較的自由になった2022年の夏を中心にここに挙げた学会に参加して、多くの研究者が意欲的に研究成果を発表する姿に刺激を受けた。各セッションのテーマは公募され、先駆的な研究に取り組む研究者らがセッションの趣旨を練り上げて応募する。近年は、分野に限らず多くの高等教育・研究機関が、プロジェクトベースで資金と研究員を確保するようになりつつある。今回紹介した学会のようにオープンな学会は、プロジェクトの成果の貴重な公表機会となる。このチャンスを最大限に活用するために、リーダーをはじめ研究参加者は懸命になる。セッションへの採択はプロジェクトの集大成をアピールする良い機会にもなっている。

 筆者自身はコルピ・ルールを採用したセッションで報告したことはない。しかし、在外研究中に参加していた研究会では、これに近い経験をした。報告者は回覧のためにフル・ペーパーを十分な時間の余裕をもって事前に提出する。参加者は読んで、質問を準備して研究会にのぞむ。研究会では、報告者による内容説明の時間はなく、参加者からの質問へ次から次へ答えていくことになる。ペーパーを通じた表現だけでなく、議論・討論を通してより研究を豊かで公正なものにしていこうとする姿は、大いに学ぶところがあった。